COLUMN
#70:もらい泣き

先日担当選手が外国人投手として初の偉業となる名球会(日本のプロ野球で偉大な記録を達成した選手や元選手による会員組織)入りの条件を達成し、その試合後にはヒーローインタビューで通訳をしました。大歓声の中での通訳は、通訳スキルはもちろん、緊張やプレッシャーへの対処の仕方も重要であることは緊張を味方にする思考やヒーローインタビューでも書きました。ただ、今回向き合ったのはその緊張やプレッシャーではなく、 “感動” でした。
◼️担当選手が記録達成、込み上げる感情
担当選手が名球会入りを決める記録を達成するとともにチームは勝利を上げ、球場は歓喜に包まれました。ベンチから見つめていた自分も、これまでの選手の努力や、通訳者として選手と歩んできた道のりが思い出され熱く込み上げるものを感じました。ただ、この直後、ヒーローインタビューがあることは事前に知らされており、当然ながら通訳者が泣いていては通訳どころか話すことすらできないので、「泣いてはだめだ」と自分に言い聞かせて通訳のスイッチを入れることに集中しました。それでも、本当に感動しているときはなかなか感情のコントロールは難しく、気持ちのスイッチを入れるためにシャツに隠れて外から見えない首の部分を強くつねって無理やり「仕事しなきゃ!」と言い聞かせてお立ち台へ向かいました。
◼️泣いてはいけない、でも選手の感情は伝えたい
かなり強く首をつねったかいがあったのか、お立ち台に上がった時には頭の中は冷静さを取り戻し、インタビュアーの質問や選手の回答を普段通りに通訳でき、インタビューはスムーズに進行していき滑り出しは好調。ところが、いくつか回答を終えたあとの質問で、選手自身感情が込み上げ、目に涙を浮かべながら言葉に詰まる場面がありました。このとき、一度通訳スイッチを入れたはずが、感情移入することは避けられず、再度自分の中に込み上げるものを感じました。ただ、このままもらい泣きしてしまい話せない状況は通訳者としては絶対避けないといけない。けれど、選手の感動も伝えたい、そう思いました。そこで、言葉を詰まらせながらも選手が絞り出す言葉をしっかり聞き逃さないこと、そして選手の感情・感動をどう表現するか、ということを考えることに集中しました。
結果として、選手が言葉を詰まらせた箇所の通訳は間を置いて話す、全体的にゆっくりとした口調で話す、抑揚をつける、この三点を念頭に選手の言葉に全神経を集中。感極まったこの時の選手の回答は少し長めでもあったため、もらい泣きしてる暇がないことを脳が瞬時に理解してくれたようで、リスニングとその後の通訳もなんとか滞りなく実行することができました。
◼️「もらい泣きした?」
インタビューを終えたあとには何人ものスタッフから「通訳のとき泣いてた?」や「もらい泣きした?」と聞かれました。本音は「もらい泣きしそうになったけど、堪えた」ですが、実際は自分の話す声やトーンには感情が出ていたということで、感情を抑えきって通訳をすることは難しかったようです。ただ、泣いてしまって通訳ができないという通訳者としては絶対避けたい事態は免れましたし、そもそも選手が感極まって回答しているのに、通訳者が淡々と通訳をしていたら、それはそれで違和感があって機械的すぎて人間味はないのかもしれません。
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今回は、事前にヒーローインタビューがあることがわかっていたため、なんとか感情をコントロールしながら業務を遂行することができました。もし何もなく、ただ選手の言葉を聞く立場だったとしたら、おそらく通訳者としてではなく、一番身近で選手を支える一人の仲間として、きっと遠慮なく、もらい泣きしていたと思います。今回の経験は、通訳者は選手の言葉だけでなく、その言葉に込められた感情も受け取っていること、そして、その感情を含めて言葉を伝えることも通訳者の役割なのだと教えてくれたような気がします。

加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。