コラム

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加藤直樹

#39:野球用語とスペイン語(前編)

先日、プロ野球通訳になりたいという方とはお話をする機会がありました。メキシコでスペイン語を勉強されたとのでしたが野球で使うスペイン語には触れる機会がなく、野球用語の学習法について相談を受けました。私の場合は、現地コスタリカに住んでいた時に、野球指導をしたり、実際に社会人野球チームに所属して自分がプレーすることを通して野球用語を覚えていくことができましたが、語学学校と往復だけの生活だけだと日常生活に必要な語彙力は満たせても野球のような専門用語を学ぶことは難しいかもしれません。今回は、スペイン語の野球用語の特徴と、私も実践している野球用語のブラッシュアップの方法について書きたいと思います。

◼️同じスペイン語でも国・地域で表現が変わる

私がプロ野球通訳になったときには野球用語を全て網羅できていたかというと、決してそんなことはなくて、もっと言えば8年目となる今になっても、わからない、聞いたことがない野球用語を耳にすることは実はよくあります。それは同じ言語にもかかわらず中米、カリブ海、南米など地域によって表現が違うことがよくあるからなんです。しかも、そのような表現や地域差については辞書やインターネットで調べようと思ってもなかなか出てきません。そのため通訳なりたてのころは知らない表現や単語があれば、その都度選手に聞いたりしながら必死に覚えていったものです。例えば、キャッチャーミットは直訳では「guante de receptor(グアンテデレセプトール)」と言うところをカリブ海諸国の選手の間では「mascota(マスコータ:一般的な意味はペット)」と表現され、これはコスタリカでは一度もその言葉を聞いたことがありませんでしたし、また、ドミニカの選手はキャッチボールのことを「aparar(アパラール)」と表現する一方で、コスタリカでは「bolear(ボレアール)」と言ったり、キューバでは「calentar el brazo(カレンタールエルブラーソ)」と地域によって表現方法が違うということが珍しくありません。野球スパイクも同様で、国によって「spike(スパイク)」、「tacos(タコス)」、「ganchos(ガンチョス)」、「zapatillas(サパティージャス)」と呼び方が変わります。

◯国による表現の違い

国/日本語キャッチャーミットキャッチボールスパイク
コスタリカguante de receptorboleartacos
ドミニカ共和国mascotaapararzapatillas
ベネズエラmascotasoltarse el brazozapatos
キューバmascotacalentar el brazoganchos

※国が違っても意味は理解されることが多いが、地域によって代表的な表現方法が異なる

◼️英語表現がそのまま使われている用語もたくさん

スペイン語の野球用語は、英語表現がそのまま残り発音だけスペイン語読みで使われるケースがよくあります。例えば「pitcher」はスペイン語読みで「ピッチェル」となったり、代表的な球種はほとんどが「slider→スライデル」、「curve→クルバ」、「sinker→シンケル」、「split→スプリット」と英語と似たような言い方で表現されます。野球の作戦の「bunt(バント)」や「squeeze(スクイズ)」は英語がそのままスペイン語系の選手の間でも通じますし、日本語で言う「ゲッツー(併殺)」は英語表現そのままに「dobble play(ドブレプレー」とスペイン語発音で使用します。日本の野球でも「hit and run(ヒットアンドラン)」のように英語がそのまま根付いているのと同じですね。スペイン語での表現がわからなくても、馴染みのある英語の表現がわかれば選手と意思疎通が測れることもよくあるので、英語の野球表現から復習していくのもいいかもしれません。日本語↔︎スペイン語の野球用語をまとめたような書籍や辞書はなかなか見つかりませんが、日本語↔︎英語はインターネットでも検索すれば結構出てきます。英語の野球用語をある程度把握した上で英語↔︎スペイン語で調べると用語集的なサイトも出てきますので、スペイン語の野球用語に興味がある方は試していただけたらと思います。

ここまでスペイン語における野球用語の特徴を簡単に紹介しましたが、冒頭に書いたように、現場で通訳8年目となる自分でも、わからない表現に当たったりすることがあります。そんな時は最近よく話題になる生成AI、とりわけchatGPTを活用したりしますが、先日実際にそれまでわからなかった単語をChat GPTで調べたことありました。次回はその例も取り上げながら加藤が実践する野球用語のブラッシュアップの方法について書きたいと思います。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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