COLUMN
第46回:ドーピング検査の立ち会い

野球を含む多くのプロスポーツでは、筋力増強剤や興奮剤など、薬物を不正に使用してパフォーマンスの向上を図る行為が禁止されています。これはスポーツマンシップに反するだけでなく、青少年に誤ったメッセージを送り、選手自身の健康にも害を及ぼすことから、WADA(世界反ドーピング機関)が定めたルールに則り、日本のプロ野球でも禁止薬物が明確化されています。この規定を徹底するために、NPBは抜き打ちで選手に対する薬物検査を実施します。一度薬物検査の対象となった場合、選手は拒否したり、延期したりすることはできません。今回は外国人選手が薬物検査を命じられた際の流れと、立ち会う通訳の役割についてお話します。
当然ですが、ドーピングに関する規定が厳格化された現在、パフォーマンス向上を目的として意図的に禁止薬物に手を出す選手はいません。出場停止や永久追放などの罰則が設けられる以前は「ステロイド時代」に代表されるように、主にメジャーリーグで成績向上のために、ステロイドなどの筋力増強剤や、アンフェタミンなどの興奮剤を常用してプレーする選手もいました。しかし現代の野球では、禁止物質が明確に定められ、検査も抜き打ちで行われるため、そのようなリスクを冒す選手はまずいません。それでも稀に海外の検査で陽性反応を示す選手がいるのは、多くの場合、服用している市販薬やサプリメントに禁止薬物に該当する物質が含まれていて、それを知らずに使用してしまうケースが後を絶たないからです。
そのような事態を防ぐために、1月に外国人選手が来日すると、まずはNPBから配給される、「アンチ・ドーピング選手手帳」を訳して選手に渡します。ここには使用が禁止されている物質と、使用可能な薬品名が列挙されています。さらには2月の春季キャンプ初日、トレーナー室に、その時点で使用している薬品とサプリメントを全て申告してもらいます。海外の製品を使用する選手が圧倒的に多いため、ここでは製品名と内容を翻訳するのを手伝います。
シーズン中、もし自分の担当する外国人選手がドーピング検査を命じられた場合、5回終了時にトレーナーから通訳にその旨が伝達されます。ここで本人に伝える際、採尿による検査であることを考慮して、「少し水分を多めにとるように」、と付け加えます。試合終了直後、選手はトレーナーと通訳に伴われて検査会場(球場の別室)に向かいます。ここで検査を実施する医師、そしてNPBの担当者と面会します。私たちはここで、選手が記入する書類の翻訳を行い、医師やNPB担当者からの指示を通訳します。検体が医師の手にわたり、選手から質問やコメントがないことを確認して検査は終了します。検体が採取できるまでにかかる時間は人それぞれですが、特に夏場の選手は試合中に大量の汗をかくため、ときには1時間以上待つ場合もあります。必要に応じて、コーヒーなどの利尿作用のある飲み物が提供されることもあります。
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前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳