COLUMN
#49:若手外国人選手との向き合い方

スポーツ通訳者の役割はこれまでのコラムでも書いてきたように多岐に渡ります。言語に関するサポートは当然のことながら、来日にかかる手続きや野球用具の手配などマネージャー的業務、家族を含む私生活を支えるホテルのコンシェルジュのような役割、グラウンドでは日本人との間の言語の通訳および文化の橋渡しを担うコミュニケーションのファシリテーターでもあったりします。経験を積めば積むほど、通訳業の奥の深さを発見しては勉強の毎日ですが、先日新たに、ときに通訳者は “教育者” にもなる必要があると実感した出来事があったので、紹介したいと思います。
◼️規則違反を指摘されて知らないふりをするも・・・
秋季キャンプも終わり、それまで残って練習していた外国人選手がそれぞれ帰国をし始めたころ、チーム関係者Aさんから、外国人選手Bが認められていない所持品を持っていることを指摘する連絡が通訳加藤にありました。厳重に注意もしてほしいと付け加えられ、すぐに本人に連絡を取りました。すると、「自分のものではない」そうで、「既に帰国していた外国人選手Cのものだ」と続けます。その口調から言っていることは本当のように聞こえたので、そのことをAさんに伝えて、そのときはそれでで終わりました。しかし、それからしばらくして、今度は帰国済みの “規則違反の当人C” から加藤に連絡があり、「自分は関係ない。自分のせいにされて問題に巻き込まれたくない」と言うのです。ここでやっと理解ができました。選手Bは咄嗟に嘘をつき、その直後に選手Cに連絡、ことの経緯を説明した上で庇って欲しいとお願いをしたのでしょう。違反とされた所持品は選手Cの立場では許可されていたものでした。
◼️問題の解決まで導くのも通訳者の務め
選手Cからすると、実際は自分の所持品と見なされたとしても立場上問題はなかったわけで、選手Bを庇おうと思えばそのまま口裏を合わせることもできましたし、通訳加藤としてもことを荒立てないために嘘を放置しておくこともできました。あるいは、選手Cの連絡を受けてすぐにAさんに選手Bが嘘をついていたことを報告することもできました。ただし、どちらの選択も根本的な解決ではないのは明らかでした。また、選手Bはまだ若くて社会経験も乏しく、精神的にも未熟な面が窺えました。それを考えると嘘をつく習慣を身につける前に正しい行動が取れるような “教育” をしてあげることも通訳者である自分の役割なのだろうと思い、選手Cから連絡があり嘘だともうわかっていることを伝え、加えて本人の口から直接Aさんに謝罪することを提案しました。すると、「罰則が怖くて咄嗟に嘘をついてしまった」と観念し謝罪することに同意してくれました。
◼️面会の場を設定 -お咎めなく選手も規則の遵守を約束-
早速Aさんに選手Bが話をしたいことがあることを伝えて、時間を取ってもらえるように依頼し、通訳を含めて三人で面会。選手Bは嘘をついてしまったことと規則違反に対して謝罪しました。Aさんは正直に話をしてくれたことに寧ろ感謝し、選手の立場や未来を守るための規則であることを強調すると、選手Bも理解を示し今後のルール遵守を約束し円満に話し合いを終えました。おそらく、ここで大事なのは、通訳者が選手の言葉を伝言したのではなく、「選手BとAさんが直接向かい合い、選手の口から直接謝罪を伝えた」ことなのだと思います。もちろんその場では通訳をしましたが、「顔を見る(見せる)」、「自分の口(耳)で話す(聞く)」というのは誠意が伝わるものなのでしょう。Aさんの受け止め方や言動からそれが如実に見て取れました。何が最終的に選手のためとなるのかを考え、時には選手を愉し、選手の自覚や自律を後押しすることも通訳者の務めと言えそうです。
今回のように、担当選手が若い場合はグラウンドでのプレー以外の面で注意や指導が必要なケースが多々あり、自ずと通訳者は教育係や指導係のような役割も求められます。そのためにも私自身もしっかりとした倫理観を持って業務を遂行していくことの大切さを改めて確認しました。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。