COLUMN
第10回:スペイン語圏の選手と英語通訳
球団通訳者の仕事は、外国人選手の耳や口となり働くことです。
北米や中南米で盛んな野球に関しては、英語とスペイン語を母国語とする選手がほとんどです。アジア圏出身で日本語を話すことができない選手が入団する場合は、必要に応じて韓国語や中国語の通訳が採用されますが、基本的にはもとからいる通訳者が毎年入ってくる外国人選手を担当します。しかしながら、その時々で英語を母国語とする選手と、スペイン語を母国語とする選手の人数が異なります。私の球団には英語通訳が3名、スペイン語通訳が2名在籍していますが、スペイン語を話す選手が英語を話す選手の人数を上回るケースも散見されます。本来は選手の母国語に準じて担当通訳が決まりますが、中南米出身でも米国などでのプレー経験が長い選手は英語も流暢であることが多いため、通訳の人数が足りない場合はやむを得ず英語通訳がスペイン語圏の選手に付く場合があります。
私も英語通訳でありながら、スペイン語を母国語とする選手を担当する機会が多くありますが、この時に忘れてはいけないのが、彼らが決して英語のネイティブスピーカーではないということです。
野球用語に関しては万国共通のものが多いため、たとえ早口で話しても理解してもらえるケースが多いのですが、メディアの対応や私生活のサポートを行う際、英語を母国語とする選手に訳すのと同様に話してしまうと、どうしても聞き返される場面や相手に自分の言葉が届いた実感が湧かない場面が増えてしまいます。
数年前、とある中南米出身の選手を期間限定で担当する機会がありました。元々はスペイン語通訳が一軍で彼を担当していましたが、ファームで調整する間は私が受け持つことになりました。彼はあまり英語が得意ではありませんでしたが、全くできないという訳ではなかったため、彼が一軍に復帰するまでの間は私が彼のサポートを行うことになりました。
彼は思いやりのある性格で、常に私の言葉に相槌を打ちながら聞いてくれたため、私はてっきり、彼とはうまくコミュニケーションが取れているものと思っていました。ところが後日、一軍で彼を担当する通訳から連絡があり、実は彼が私の話す内容をほとんど理解できずに苦労していることを知りました。一瞬、「そんなそぶりは見せなかったのにどうしてだろう」と疑問に思いましが、すぐに自分が米国に留学して間もない頃のことを思い出しました。
英語の知識がほとんどないまま渡米した私は、周囲の話す内容が全く理解できませんでしたが、それでもうなずきながら相手の話を聞いていました。これは決して知ったかぶりをしたり、見栄を張ったりしていたわけではなく、「いちいち聞き返すのが申し訳ない」とか、「うなずかないと失礼に当たる」という感情が優先して、機械的に相槌を打ちながら聞いていたためでした。
この選手が私の言葉に耳を傾けるときも同じような感情が作用していたかは分かりませんが、思いやりのある彼の人柄を考えれば、ひょっとすると通訳の私を気遣ってあえて聞き返さなかったのかもしれません。
独りよがりな訳し方になってしまったことを反省した私はその後、相手のバックグラウンドを踏まえ、ゆっくりと一言ずつ明瞭に話すことや、極力簡単な言葉を選ぶこと、そして「わからなかったらいつでも聞き返してね」とあらかじめ相手に伝えることを心掛けています。
前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳