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加藤直樹

#33:通訳者はメッセンジャー?(後編)

皆さんこんにちは。読売巨人軍の加藤直樹です。
外国人選手を担当していると、「聞いてきて」、「なんでできないの?」、「それはやらないと言っておいて」などなど、通訳者がメッセンジャーとして使われてしまうケースが多々あります。彼らにとって母国語で会話をできるのは基本的には通訳者だけですので、一番身近な存在に疑問や要望を言うのは当然です。ただし、何でもかんでも伝言屋になってしまうと選手の要望が通らないだけでなく、選手のイメージを悪化させてしまうこともあるので通訳者としては注意が必要です。

◼️選手の要望が通るかどうかわからない
担当している選手がチームから説明を受けていた起用法について疑問が生じ、「やっぱりできないと言ってほしい」と私に言ってきたことがありました。これはメッセンジャーにはならない方がいい典型的なケースで、私は「わかった。あとで一緒にコーチに話しに行こう」と返します。一つの判断基準は、「選手の要望が通るかどうかわからない」ことかどうか。例えば、「事前に練習メニューのAかBか好きな方を選択していい、と指示があり、選手が通訳にどちらを選択したかを伝えてほしい」という場合は、選択権が選手に委ねられているので通訳者が代わりに伝言しても問題ありません。しかし、「AもBもやりたくないと伝えてほしい」という場合は、通訳者が選手とともに指示出した人のところに行って直接意思を伝えた方がいいでしょう。直接話すことでAもBもやりたくない理由を説明できるのもそうですし、代替案の相談もできますので、指示者と選手が双方に納得した上で選手の要望が通りやすくなります。一方、通訳者がメッセンジャーになってしまうと受け止め方によっては「ただ指示に従いたくないだけ」、「わがまま」といった印象を持たれかねません。選手からすればそれくらい言ってくれよと思うこともあるかもしれませんが、私は「通訳が言うのと君が直接言うのとでは印象は違うし、その方が要望も通りやすくなるよ」と伝えるようにしています。実際、冒頭の起用法のケースは、首脳陣が理解を示し選手の望む結果となりました。

◼️通訳者が事前に相談
もう一つこのようなケースで意識していることは、事前に相談相手に選手の要望を耳打ちしておくことです。「AもBもやりたくないそうなので、後で相談させてください」、「AもBもできないのはこんな理由があるからみたいです」など、なぜ相談したいのかその背景を事前に共有しておきます。そうすることで、相手方にも考える時間が生まれ突発的な回答をせずに済みますし、余裕を持って話を聞いてもらうことができます。反対に、リクエストの内容によっては却下される可能性が高いと考えられる場合は選手に対して「聞いてもらえない可能性もあるけど言ってみよう」と、要望が通らなかった場合について言及します。期待が裏切られたときや想定外のことがおきた時は誰でも多かれ少なかれ動揺することがあるものです。前もって選手にネガティブな結果を想定してもらうことでストレスを最小化することもできます。重要なのは双方が納得したかたちで話し合いができる環境が整っていることと言えるでしょう。

全てが全て選手の思い通りにいくわけではありませんが、やはり顔と顔を合わせて話ができると、リクエストされた側も親身に聞いてくれるものですし、たとえ要望が却下された時には逆も然りで、選手も納得しやすくなります。昨今はメッセンジャーアプリのおかげで誰とでもどこでも直接会わずに繋がることができるようになりましたが、通訳者と選手という立場を通じてコミュニケーションは「face to face」が大事だなと改めて実感しています。

今日のコラムも皆さんの参考になれば幸いです。
それでは次回お会いしましょう。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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