COLUMN
第31回:泳ぐ

野球用語には、日常会話では耳にしない表現がたくさん存在します。以前のコラムでは、「めくれる」、「ふけあがる」などの業界用語について書きました。今回はバッティングでよく用いられる表現について書きたいと思います。
打者の役割は言うまでもなく、安打や四球で出塁することと、得点圏に走者を置く場面ではそれを返してチームの得点につなげることです。そのためには、ストライクゾーンに来た甘いボールを確実に捉えて安打する、そしてボール球には手を出さずに打者有利のカウントで勝負を進めることが重要です。しかし、打率が3割台、すなわち10回打席に立って3回ヒットが出れば好打者と呼ばれるプロ野球界では、毎回出塁することは容易ではありません。特に昨今は投球の球速が増し、変化球も多彩になるなど、投手の技術向上が著しいため、バッターが打席で結果を残し続けることは非常に難しい状況にあります。
変化球の種類が多彩になり、変化量、キレともに増していることから多く見受けられるのが、打者が「泳ぐ」、あるいは「泳がされる」ことです。これは打者が主に低めのボールに手を出すことにより、体勢を崩されることを意味します。特に外角低めは、右打者、左打者を問わず、目線から一番遠いことに加え、ここに来たボールをすくいあげようとするとリーチ(腕の長さ)も必要になることから、投手にとっては「困ったら外角低め」と言われるほど生命線となるゾーンです。 この際、バットの軌道が波打つように見えるため「泳ぐ」と表現されます。しかし、この野球用語を“swim”と直訳してもネイティブスピーカーには通じません。野球のバッティングで泳ぐことを英語では“flail at the pitch”と表現します。“flail”は直訳すると腕や物を振り回すことや、バタバタと「もがく」ことを意味しますが、野球では「泳ぐ」という意味になります。“He flailed at the slider and popped out to the shortstop”と言えば、「彼はスライダーに泳がされてショートフライに倒れた」という意味になります。
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前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳