コラム

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加藤直樹

#34:スポーツ通訳者とメンタルサポート(前編)

みなさんこんにちは、読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
プロ野球シーズンが始まり、毎日が一戦必勝の緊張感の中で試合が続いています。フィジカル面ではもちろんメンタル面でも強さが求められるのはプロスポーツの世界ですが、思うような結果やパフォーマンスが発揮することができていない時は、精神状態も不安定になりがちです。
言葉の壁や文化の違いがある外国人選手は、日本人選手よりもその傾向が強いと言えるかもしれません。近年、メンタルトレーナーやカウンセラーを配置するチームも増えてきましたが、外国人選手に関しては言葉の問題もあり、通訳者がメンタルサポート的な役割を求められるケースも少なくありません。

しかしながら、私たち通訳者は言葉には精通していても心の問題にはなかなか詳しくないのが実際で、私も通訳歴が8年となる一方で選手が強いストレスに直面している時にどのような声掛けや振る舞いが正しいのか、模索する日が続いています。
そんなことから通訳者がメンタル面の正しい知識を持って選手に接することができたら、選手のパフォーマンスにポジティブに影響することができるのではないかと考え、実は今年から個人的にメンタルトレーニングという分野について勉強を始めました。本コラムでは、選手が不安や怒りを感じたり落ち込んだりしているときに通訳者の接し方として知っておいた方がいいなと感じたことについて紹介したいと思います。

◼️メンタルトレーニングとカウンセリング
冒頭で述べたように、最近ではメンタルトレーナー、モチベーター、カウンセラーなど、選手のメンタルサポートを目的に専門家を配置するスポーツチームや、選手個人でメンタルトレーナーを付けるケースも増えてきました。どれも似たような役割に聞こえてきますが、ざっくりと言ってしまうと、メンタルトレーニングやコーチングとは、目標を達成するために何が必要かを選手と一緒になって考え、達成のためのアシストをすることで、カウンセリングは心の状態がマイナスになった選手(クライアント)のメンタル不調を正常に戻すための作業(治療)のことを言います。

◼️選手のメンタルはどんな状態にあるか
メンタルトレーナーやカウンセラーはいずれもメンタル面のサポートという点は共通しますが、選手の「心の状態」によって対処法が変わります。メンタルトレーニングやコーチング、モチベーション向上と言われる分野は選手の心の状態が前向きで目標やゴールをしっかり考えることができるメンタルであることを前提としますが、選手が落ち込んでいたり、不安や恐怖を抱えているネガティブな精神状態の時はカウンセリングやメンタルケアが必要となります。これは私もメンタルについて勉強をはじめてから学んだことで、通訳者として選手に接するにあたり大きなヒントとなります。

例えばよくあるケースで、選手が結果が出ずに強い怒りやストレスを感じているときに、安易に「次頑張ろう」、「ここが修正できたら次は良くなる」と善かれと思ってアドバイスを送りがちですが、実際はメンタルがマイナスの時にコーチング的な声かけをしても選手の耳には届かず、むしろストレスを増加させてしまう恐れさえあります。強いストレスを感じているときは、まずは心の状態を正常に戻すことが必要で、そのためには「声掛け」よりも「聴く」こと、時にはただただ時間の経過をやり過ごし選手の気分が落ち着くのを「待つ」ことが求められます。

心が正常 (感情が安定、冷静、客観的、ポジティブ)
⇨ 選手に対して目標設定、コーチング、アドバイス、課題確認、アクションを誘導する
心が不安定(感情が不安定、怒り、主観的、被害者感情、ネガティブ)  
⇨選手に対して聴く、共感する、協調する、理解する

通訳者がメンタル専門家と同じサポートを提供することは難しいですが、選手の心の状態がどういった局面にあるのか、を理解することは通訳者として選手への接し方を考える上で重要なポイントとなります。
次回は選手のメンタルが落ち込んだ時に心の変化がどのように推移し、その時に私が通訳者としてどのように接したか、実際の例を紹介したいと思います。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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