コラム

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加藤直樹

#35:スポーツ通訳者とメンタルサポート(後編)

前回コラムでは、言語の関係からメンタル面でのサポートが通訳者に期待されることが多いため、通訳者としても知っておきたい選手の心の状態について書きました。善かれと思って励ましの言葉をかけてしまったことが帰って逆効果になってしまうと、選手はもちろん通訳者にとってもストレスが溜まる結果となってしまうこともあります。
本コラムでは、実務の中で私が通訳者として気づいたことや感じたこと、そこから通訳者として選手への接し方で意識していることについて紹介したいと思います。

■3パターンの心理状態
あくまで私の視点ですが、試合中の出来事や二軍降格を告げられたときなど、何かしらストレスのかかる場面に遭遇したときの選手の反応には大きく3パターンあるということに気がつきました。1つ目は怒りが込み上げている状態、2つ目は失望してしまっている状態、そして3つ目は動揺せず冷静さを保てている状態です。それぞれのパターンで選手の心理状態は当然違うので、通訳者としても状況に応じたふるまいや声かけができることが理想です。

【状態】【思考・行動】
怒り原因は周囲にある、自分が正しい、正当化、現実を受け入れたくない
失望自己嫌悪、自責、戦意喪失、どんどん悪い方向に物事を考える
冷静現実を直視、原因の分析、課題を理解、未来志向

<怒り>の状態にある時は結果やパフォーマンスに納得がいかず、その要因を外部に求める傾向があり審判の判定や自らの起用のされ方、味方のエラーなどに対して怒りを表します。自分が正しくて周りが悪いという思考になっていることが多く、考えを正そうとしたり安易に前向きな言葉をかけることは却って怒りを増長しかねません。興奮しているので選手の言葉も荒くなることがありますが、通訳者としてはできるだけ言い返したりすることなく、選手の心情に理解を示すような言葉を心がけます。

<失望>が強いときは自責傾向が強まり自信を失い、モチベーションが下がったり、プレーすることそのものが怖くなったりしてしまいます。自分の殻に塞ぎ込んでしまっている状態とも言えるため、気持ちを切り替えてもらうために励まそうとしても選手の耳にはなかなか届きません。一人の時間が必要なときもあれば、一方で、孤独を感じやすい状態でもあるので、何も言わずとも誰かが(この場合通訳者)が近くにいたり、あるいは肩をそっと叩いて一人ではないことを知らせてあげます。

<冷静>でいて取り乱したり極度に落ち込むことがないときは、結果の良し悪しにかかわらず、現状を受け入れて、次に何をすべきか考えることができます。客観的に現状や自己分析ができているのでプレーの反省や次回に向けてのアドバイスも有効で、未来思考になれているともいえます。通訳者も感じたことを正直に伝えたり、次回への激励の言葉をかけたり建設的なコミュニケーションを心掛けます。

怒り → 反論しない、理解を示す
失望 → 共感する、ただ黙ってそばにいる、味方であることを示す
冷静 → 反省点を共有する、次のプレーを考える、成功をイメージする

<怒り>が最初に来て時間が経つと<失望>に変わることがあれば、はじめは<失望>しつつ、徐々に<冷静>になることができたり、その反応の表れ方や感情の変遷は選手や状況によって様々です。
大事なのは、前回コラムでも触れたように選手のメンタルが正常な状態か、あるいはマイナスなのかを見極めた上で通訳者としての行動が取れること。上述に当てはめると<怒り>と<失望>の時はメンタル的にはマイナスなのでカウンセリング的な、<冷静>なときはメンタル状態は正常と言えるのでコーチング的アプローチが有効です。さらには、通訳者だけでなく、コーチやスタッフとも通訳者が選手の心理状態を共有し、それぞれの選手に適切なアプローチができることが理想でしょう。

通訳者も人間なので、選手が辛いときは一緒に落ち込む時もありますし、反対にイライラをぶつけられたときは反論したくなるときもあるのが実際で、私自身も感情のコントロールが難しいときが幾度もありました。ただ、大衆の注目が集まる中で極度のプレッシャーと来る日も来る日も戦うことを強いられる厳しさは想像し難いなのは言うまでもありません。その意味で、選手へのリスペクトを忘れず、通訳者としてはできる限り客観的に状況を把握し選手に寄り添うことができるよう、これからも努めていければと考えています。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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