コラム

COLUMN

加藤直樹

#43:ヒーローインタビュー(後編)

前回はヒーローインタビューが、①インタビュアーが質問→②通訳者が選手に質問を通訳→③選手が回答→④通訳者が回答、の順で進んでいく際に、①と②のやり取りをできるだけスムーズに進行させるために、通訳/聞く/予測を同時進行することについて書きました。今日のコラムでは③と④の選手の言葉を通訳するときに意識していることについて紹介したいと思います。

■「③選手の回答」は選手が話し終えるのを待ってから通訳

インタビュアーが質問しているときは耳打ちしながら同時進行で訳していきますが、選手が回答するときは選手にマイクが向けられているので、ここでは「聞く」ことに専念します。何万人の観衆のざわつきとスタジアムのマイクの音響の響きが重なりリスニングの難易度はぐんと上がります。加えて、選手のコメントを記憶し、頭の中で日本語に変換、順序を整えて話しはじめる準備をしなければなりません。また、コメントの長さも一連の訳出の難易度に大きく影響することは以前コラムで書いたので興味がある方はそちらも読んでみてください。

#14:記憶と通訳(前編)

#15:記憶と通訳(後編)

■選手になったつもりで話す

通訳者によって意識するポイントはそれぞれだと思いますが、わたしが通訳をするときは選手になったつもりで通訳するように意識しています。そこに辿り着くまでに努力を重ねてきた姿や練習風景、ヒーローに選ばれる活躍の裏にはどんな苦労があったのか。質問をされている選手の気持ちにリンクすることで通訳をしているという感覚から“自分の言葉で話している感覚”になれることが理想です。あくまでわたしの考えですが、“通訳しなければ”というマインドだとプレッシャーとなって訳出の精度や速さに却ってマイナスになってしまうので、“伝えたい”という心境で臨むことで、通訳自体もスムーズに且つ選手の思いに沿った訳出をしやすくなると経験的に感じています。

例えば、先日のヒーローインタビューでは、「素晴らしい記録を達成したその要因は?」と聞かれた選手が「Nunca dejé de trabajar」と回答しました。これはただ言葉を直訳すれば「練習をやめなかった」となりますが、「手を抜くことなく練習に取り組んできた」と訳しました。ひたむきな練習姿勢で良い時も悪いときも毎日練習している姿を知っているからこそ、たんに「練習をやめなかった」からではなく、「必死な努力を続けてきた」から達成できたという選手の思いを汲み取り「手を抜かなかった」という言葉の選択に至りました。

◻️ヒーローインタビュー後は反省もたくさん

聞き直しや言い直しのできないヒーローインタビューは、後から振り返ると「こっちの言葉のほうがよかった」、「あそこを言い忘れてしまった」など反省することもよくあります。実際先日の通訳でも、「とにかくチームが勝てたのでよかった」と選手が話していた最後の部分を忘れてしまい、咄嗟に「自分にチャンスを回してくれたチームに感謝したい」と取り繕って訳をしてしまいました。そのときの回答が少し長めだったこともあり、改めて、記憶」の難しさを実感しました。忘れてしまったときは、沈黙を続けるわけにも、選手に再度聞くわけにもいかないので、なんとなく当たり障りないようなことを言って終わらせる、ということが実は結構あったりします。実践の場が少ないヒーローインタビューだからこそ、そのあとの見直しと反省を欠かさないようにしていますが、まだまだ改善の余地があるなぁと感じるときは少なくありません。

前編と後編としてヒーローインタビューでのポイントについて紹介しましたが、通訳者も選手と同様に考え方やスタンス、個性はそれぞれ違います。特に既に語学が堪能な方は、通訳者の通訳の内容や特徴など、このあたりも注目してみるとまた違った視点でインタビューが見れて興味深いかもしれませんね。スポーツ通訳に興味がある方の参考になれば幸いです。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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