コラム

COLUMN

加藤直樹

#44:質問と回答が噛み合っていない?

前回はヒーローインタビューを通じて、通訳の速さに焦点を当てていくつかのポイントを紹介しましたが、これまたタイミング良く、コラムを書き終えてすぐにまたヒーローインタビューのチャンスがありました。コラムの内容を実践するいい機会だと自分にも言い聞かせて普段よりも気合いを入れて臨んだのですが、しかしこれが空回り、大きなミスを犯してしまい、反省する結果となりました。

◼️「どんな気持ちで投球しましたか?」を「どんな気持ちですか?」と訳した結果・・・

お立ち台に上がった時は、インタビューの質問の後に間が空くことなく選手がすぐ回答できるよう、とにかく速く通訳することを考えていました。その結果、質問の一番最後の最後の部分の通訳で誤訳が生じてしまうことになりました。以下が実際のインタビュアーの質問です。

⚫︎インタビュアー  “先制をされてすぐさま逆転をした試合でした。今日はどんな気持ちで投球しましたか?”

「先制をされて・・・」から同時通訳で耳打ちしていく傍ら、インタビューが話し終えた時に同時に訳を終えようと焦るあまり、「どんな気持ちで投球しましたか?」の部分を「どんな気持ちですか?」と訳してしまいます。ヒーローインタビューの最中は訳出作業に集中していたため、誤訳をしたことには気づくことができず、選手の回答が質問に対して噛み合わないものになってしまいました。

⚫︎選手  “率直に嬉しいです。すぐに点を取ってくれて、自分たちのペースで試合運びができました。味方の打者に感謝したいと思います。”

質問と回答を照らし合わせると、ちぐはぐになってしまっています。本来は「絶対に抑えたいという気持ちで投げました」や「自分の役割を果たさねばという思いで投げました」のような回答になるべきところ、「心境」を答えてしまっています。当然これは通訳者である自分のミスで、聞いていて少し首を傾けてしまった方もいるかもしれないと思うと、悔いと反省の残るインタビューでした。

◼️質問と回答の整合性

ヒーローインタビューだけでなく、記者の囲みやテレビの取材など、通訳をしていると質問と回答が噛み合ってなかったり、質問者が期待している回答とずれていたりということが実際あったりします。先日ある記者の方が、打者を三振に取った場面について「直球を続けて投げたその時はどういう考えだったんですか?」と質問しました。その時の選手の回答は「とにかくアウトを取ることを考えていました」で、完全に質問とはかけ離れていないものの、おそらく記者の方にとっては期待した回答ではなくて、実際は直球を続けた「理由」を聞きたくて、「直球に自信があった」や「変化球を狙っていると感じたから」など具体的な回答を期待していたんだと思います。そのときは「考え」をそのまま訳し選手に伝えましたが、「理由」と訳していたらまた違ったコメントになっていただろうと考えると、場合によっては瞬時に質問の意図まで汲み取って通訳することもまた必要だなと感じました。

スポーツ通訳者は、語学スキル以外の面でも求められる能力がたくさんあることは過去のコラムを通じて書いてきましたが、やはり通訳スキルがあっての仕事であることは間違いありません。現状に驕らず、まだまだ通訳の面で向上の余地があることを知ったヒーローインタビューとなりました。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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