コラム

COLUMN

加藤直樹

#60:試合中のベンチでの役割(後編)

スポーツには「流れ」があるとよく言われます。流れが良い時は前向き思考で成功イメージを持って自信に満ちたプレーを後押ししてくれる一方で、流れが悪い時はネガティブなイメージに支配されやすく、パフォーマンス低下の一因になりえます。野球は試合が展開していく中で「間」がとても多いスポーツで、打者にせよ、投手にせよ、ベンチに戻って次のプレーの準備をするイニング間の時間がありますが、栄養補給をして体を整えるだけでなく頭(感情)の整理もパフォーマンス発揮のためにとても重要です。言葉の壁がある外国人選手に取っては、ここで通訳者が選手と交わす言葉は多かれ少なかれ選手のプレー(マインド)に影響するのではないかとの思いは、プロ野球通訳として経験を重ねるほど強くなってきました。

◼️初回に失点、マインドもネガティブに

担当選手の一人に来日一年目の先発投手がいます。まだ日本での登板経験も少ないその選手が、オープン戦の時期に先発登板をしました。開幕一軍をかけて重要な試合でしたが、初回に複数失点をしてしまいます。ようやくスリーアウトを取ってベンチに戻ってきたときには悔しさから頭を抱えていました。さらに、「この結果だったらもう二軍だ…」と試合が始まったばかりの段階で既に試合後の心配を口にしていました。しかし、先発投手は、余程のアクシデントや大量失点がない限りはできるだけ長いイニングを投げることが期待されているため、初回に多少失点したとしてもまだ投球は続けなければなりません。このとき、担当選手が気持ちを切り替えて次のイニングに臨むためにどのように声をかけたらいいのか、考えました。

◼️感情を否定しない/やるべきことに集中

ポイントは二つ。

一つは選手の不安(感情)を否定しない。

二つ目は今やるべきこと に集中させる。

感情は否定されると反対に増幅することが多々あります。怒っている人に「怒るな」と言って怒りが沈むことがないのと同じで、不安な人に「心配しないで」というと余計不安になってしまったり。否定よりも「そうだね」や「気持ちはわかる」と共感したほうが感情は落ち着きやすくなり、また自分が味方であることが間接的に相手(選手)に伝わり、通訳者の言葉も選手の心に届きやすくなります。

上記のケースでは選手に、「(二軍になる)かもしれないね」と否定はせず、そして「でもそれは試合が終わってから考えよう」と伝えました。二軍かどうか今はわからず、それはまだ起きていない “未来” のこと。今やるべきことは次のイニングでベストパフォーマンスを発揮することで、そのためにマインドを “現在” にセットし直すこと。これは、ミスを犯した後に失敗を引きずっている時も同じで、「あの失敗がなければ…」というのはマインドが “過去” に向いているため、こういうときは「反省は全部終わってからにしよう」と声をかけるようにしています。

◼️マインドが現在にフォーカス、その後は立ち直り無失点

私の言葉に選手も頷いて「そうだね。わかった。」と切り替えようと努めている様子が見て取れました。その後の投球は初回とは変わり徐々に改善をみせ、自信を取り戻したかのように快投を見せてくれました。当然、選手本人の能力があってこそ修正ができたことは疑いの余地はありません。もしかしたら、私が違う接し方をしていても選手自身でマインドを切り替えて修正できたいたかもしれませんし、或いは、パフォーマンスが悪化した可能性もゼロではないかもしれません。相手がいるスポーツなので、結果をコントロールすることは難しいのが実際のところ。ただ、今回のケースは通訳者の声かけにより選手がより良いパフォーマンスを発揮できる可能性を高めるきっかけにはなる、そう思わせてくれる事例でもありました。

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担当選手の活躍は自分のことのように嬉しい一方で、良い結果が出なかったときは通訳者の精神も疲弊します。しかし、選手と一緒に一喜一憂するその先を見据えて、試合が続く限り選手のために何がベストなのかを考えるためには、通訳者自身も “現在” に集中することが欠かせないのだと感じています。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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