COLUMN
#69:意訳(後編):「こんなんじゃだめだ!」はどう訳す?

通訳としてまだ経験が浅いころは、言葉を訳すことにとにかく必死で、状況や相手の表情を読み取って表現を和らげたりということは無意識にしていたかもしれませんが、意図的に「意訳しよう」と考えて通訳することはありませんでした。しかし、前回コラムで書いたように、通訳者の言葉の選び方次第で不要な誤解を生んでしまう可能性がある場面は、実は日常業務の通訳の中で少なくありません。後編は、私自身が意訳について考えさせられたエピソードについて紹介したいと思います。
◼️大量失点後の降板:「状態は良いです」→ 批判コメントが殺到
ある年、故障のためにファームに降格し、一軍復帰に向けてリハビリに励む先発投手の外国人選手を担当していました。その選手は約二ヶ月間のリハビリを経てようやく試合で投げることができるまでに回復し、いよいよ一軍昇格のための調整登板に臨みました。ところが、二軍のチームを相手に大量失点してしまいます。ただ、故障から復帰した最初の試合の一番の目的は試合でプレーしてみて体や故障箇所に異常がないかどうかを確認することなので、実際のところ、結果はそれほど重要視しません。この日も予定していたイニングは投げきり、ケガの再発もなくコンディションには問題がなかったことを確認できたという点では、失点はしたけれど第一目標はクリアできたと言えます。
そして、この日の登板後に数名の記者に囲まれ投球内容についての感想を聞かれると、
「失点はしたけれど体の状態は良い。一軍に行けと言われればいつでも行ける状態にある。ただ、その判断は首脳陣がすること。」
と選手は回答、それを私はそのまま通訳しました。
ところが、翌日その選手に会うと、思わしくないことがあったような表情をしていたのでどうしたのか尋ねると、前日のインタビューの記事を翻訳して読んだそうで、「一軍へ準備万端」、「状態は良い」といった箇所が強調されるかたちで掲載され、それに対して読者から批判的なコメントが殺到していたのだそうです。その大半が「あんな結果で一軍に行けるわけないだろう」というものだったらしく、その選手は掲載のされ方にも、ファンの批判にも憤りを見せていました。
これには、とても考えさせられました。誰も嘘をついていないし、間違ったことは言っていない。だけど、些細な伝わり方の違いで不要な批判が出てしまった。もし自分が「故障明けで初めての登板ということを考えたら体の状態は悪くなかった。」や「首脳陣が結果をどう判断するかはわからないが、体の状態としては一軍に呼ばれても大丈夫。」のように伝えられていたら、「一軍への準備万端」のような切り取られ方もされていなかったかもしれないと思うと、正確な訳が適切な訳とは限らない、と強く実感し反省しました。
◼️重要な場面での交代:「こんなんじゃだめだ!」→「ベストを尽くした結果」
シーズン終盤で順位を左右する重要な試合のあるイニング、担当の外国人投手がリリーフでマウンドへ上がりました。一点も追加点を許したくない状況で、二死を取った後に、何球か粘られた末に四球を与えてしまいます。試合の緊張やプレッシャーが高まり、首脳陣も気持ちが昂っている中で、ベンチは交代の判断。交代時には「こんなんじゃだめだ!」と “日本流” の叱咤激励も。厳しい言葉は愛情と期待の裏返しと言いますがあくまでそれは日本人にとってのこと。「こんなんじゃだめだ!」とそのまま通訳しようものなら、外国人選手が激昂する顔がすぐに浮かんだので、咄嗟に「ベストを尽くした結果だから仕方ない」と “意訳” をしました。これを聞いた選手は交代を素直に受け入れ、ベンチに下がりました。
厳密に言えば、言葉を全く変えてしまっているので、もはや意訳とすら言えないかもしれませんが、この時最も重要なことは、日本流の叱咤で外国人選手を怒らせて後々チームとの溝を作ることではなく、降板という悔しい結果となっても引き続きその選手がチーム一丸となって戦い、次回に気持ちを切り替えてくれること、です。こう考えると、表現そのものが変わってしまったとしても、チームとしてのゴールを目指すためには必要・適切な通訳だったのだと思います。
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咄嗟の機転や言葉選びの判断力、さらには記者目線での受け取られ方やその後のファンや読者、視聴者の反響まで想像できる一瞬の瞬発力、意訳の裏には確かな経験とスキルが必要です。さらにこれらを一秒にも満たないコンマで判断することが求められる。と言えば、かっこよく聞こえますが、そんな私自身は今でも、「あのときこう伝えておけばよかったかな?」と振り返ることがよくあります。
意訳に正解はありません。だからこそ、その一瞬の判断に責任を持ち、通訳した後も「自分の訳は本当に選手(相手)の意図を伝えられていたのか」と振り返り続けることが、通訳者として成長するために大切なのだと思います。

加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。