COLUMN
#50:「パクッ」はどう訳す?

外国人選手が帰国した後のオフシーズンは通訳者の業務量も減り、独身であれば旅行に出かけたり、家族がいれば子どもの行事に参加したり、シーズン中にはできなかったことややりたかったことに時間を当てられる期間となります。私の場合、長男が少しずつ野球に興味を示してきたため、平日夕方の野球スクールに連れて行くことが増えました。さて、ここで子どもの野球指導を見ていると、通訳者として面白いことにきづきます。子どもの野球指導では「ぶんぶん振る」や「くるっと体を回す」など、擬音語や擬態語がたくさん使われているんですね。日本語で聞いていると何も特別なことのように聞こえませんが、実は擬音語や擬態語は通訳者にとって頭の悩ませどころでもあったりします。
◼️「パクッとキャッチする」をどう訳す?
私が通訳で現場に移る前、同じく読売巨人軍運営の少年野球スクールでコーチをしていた時期がありました。そのときに、海外野球振興の一環でコスタリカへ派遣されたことがあったのですが、そこで頭を悩ませたのがまさに「擬態語」や「擬音語」の表現でした。例えば「ボールがきたら “パクッ” とキャッチをする」もその一つで、初心者の小さい子に「パクッと」と言うとボールを両手で捕る姿がイメージしやすくなります。しかし、スペイン語では「パクッ」のような表現は存在しないため、ニュアンスを分かりやすく表現できる「訳」がなかなか思いつきませんでした。そこで「パクッ」の表現の意図を伝えた上でそれに代わるものがあるかどうか参加者の大人の皆さんに聞いてみることにしたんです。すると、何人かの参加者が、スプーンを意味する「cuchara(クチャーラ)」を提案してくれました。スプーンで食べる文化ならではの発想で、これならスプーンのようにグローブを下からすくい上げてボールをキャッチする動作が連想できますし、なるほどなぁと感心しました。日本では子どもたちにボールを捕るときに「パクッ」と声に出してとるように指導していましたが、コスタリカでは「クチャーラ」になりました。まさにtranslate(翻訳)ではなくで意図を伝えるinterpret (解釈)が大事だと実感しました。
◼️プロ野球の現場でもよく使われる擬態語/擬音語
コーチが選手にアドバイスを送るときに通訳をしていると、擬態語や擬音語を使っている場面をよく目にします。「バチっとボールを叩く」、「グアっと腕を振り下ろす」、「グーっと体重を乗せる」などなど。もちろん、動作の動詞だけを訳しても意味は伝わりますが、「バチッ」や「グアッ」には「勢いよく」や「叩きつけるように」といったニュアンスが含まれていることを汲み取り、ここをしっかりと通訳して初めてコーチの意図が伝わるわけですね。訳は存在しなくとも、表現の意図を理解して全体の通訳をしたり、或いは選手が想像しやすい例えに変換して伝えることもその一つです。日本の野球では大袈裟なくらい上から叩きつけるようにバットを振ることを「大根切り」と言ったりしますが、そのまま訳しても当然外国人選手にはちんぷんかんぷんなわけで、例えば「斧で薪を割るかのように」と表現をすり替えると元々の意図が伝わりやすくなりますよね。こうした表現のすり替えや例を瞬時に頭の中で検索して見つけてアウトプットすることも、通訳の難しさでもあり面白さでもあったりします。
子どもの野球指導の現場をはじめ、日本語で会話をしていると、思った以上に擬態語や擬音語を日常的に使っていることに気づかされます。擬態語や擬音語のように必ずしも直接対応する訳がない言葉をどう伝えるかということも、語彙力と併せて通訳者の表現力にはとても大事だと改めて感じました。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。