コラム

COLUMN

加藤直樹

#51:「主語」は誰?

日本語からスペイン語に通訳をしていると、“主語” をどうするかふと立ち止まって考えてしまうことが結構あったりします。例えば全体ミーティングの場で監督が「今日の試合は大事だ」話した時に、通訳者が監督になりきってそのまま「今日の試合は大事だ」と訳すのか、それとも 「監督が『今日の試合は大事だ』と話している」と「〜と話している」を加えて訳したほうがいいのか。いわゆる一人称と三人称のどちらを採用すべきか、それぞれ場面によって使い分ける必要があるわけですが、特に通訳になりたての頃はあまり深く考えずにやり過ごしてきました。ですが、経験を重ねてくると、一人称と三人称とそれぞれ適した場面があることがわかってきます。

◾️一人称

学術上の明確な基準ではなく、あくまでプロ野球通訳者としての経験則に基づいてのものですが、年数を重ねるごとにいくつか使い分けの判断基準ができてきました。一つは、発信先(聞き手)の人数。発信者(話者)が多数の聞き手を相手に話している状況は一人称を選びます。聞き手が多数のケースは、例えばチームの全体ミーティング。監督やコーチが多数の選手を前に話すケースでは選手の耳元で同時通訳(ウィスパリング)をしますが、話に遅れないように速さが求められます。この点、「⚪︎⚪︎が〜と言っている」と訳す三人称では言葉が増えてしまうので一人称が適当といえます。加えて、発信者のメッセージが聞き手の一人ひとりに直接的に響きやすいということもあります。大事な試合前のミーティングでの監督の言葉の通訳を、「監督が『自信を持って戦おう!』と言っている」と聞くよりも、通訳者が監督本人になりきって「自信を持って戦おう!」と訳した方が選手の心に届きやすくなります。記者会見やヒーローインタビューを想像してもらえたらわかりやすいかもしれませんが、会見やお立ち台で通訳者が「選手は『チームに貢献できて嬉しい』と話しています」と訳すのは不自然ですよね。話者の “感情をそのまま伝えたい” ときには一人称がと言えそうです。

⚪︎一人称を使う場面

【速さが求められる/感情を伝えたい】 ・全体ミーティングの監督/コーチの話など ・ヒーローインタビュー ・記者会見 ・試合後の記者対応

◾️三人称

三人称を使うケースで一番わかりやすいのは、通訳者に「⚪︎⚪︎に〜について聞いてほしい」と通訳者を介して会話が進む時が前提の時。例えば日本人選手が通訳者に「(外国人選手に)試合前の準備は何をするか聞いてくれます?」と依頼されたときは「彼が〜を知りたがっているんだけど」と外国人選手に疑問を投げかけ、日本人には「〜だそうですよ」と繋ぎます。また、一人称とは反対に聞き手の人数が少数又はが一対一の場合でも三人称を使った方が通訳しやすい場面もあります。とりわけ訳出の速さは重要ではなく、それよりも当事者間での合意形成が必要とされるような状況で、さらに言うと、通訳者が会話のファシリテーターや仲介者のような役割を担う必要があるときがそれに当たります。グラウンドでコーチが外国人選手にアドバイスを送っている場面で、「ここをこうしたら良くなると思うんだけど?」との提案に対し選手が「それは自分には合わないからやりたくない」と言った場合、それをそのまま訳すと角が立ってしまうのは明らか。こういう時は「彼は自分に合わないと思うと考えているようです」と通訳者の言葉で回答することでことが荒立つのを避けることができます。その他、通訳者が選手の考えの補足を伝えたり、コーチの意図を説明しながら通訳したりすることが必要な場合は三人称の方が会話がスムーズに進みます。

⚪︎三人称を使う場面

【通訳者が会話に参加している/仲介者の役割/当事者間の同意が目的】 ・外国人選手と選手間の会話
・外国人選手と首脳陣とのやり取り ・外国人選手がトレーナールームでの治療を受ける際の会話

通訳者としての経験が浅いころは一人称と三人称をなんとなく使い分けていましたが、それぞれの特性を知ることで、正確な通訳ができるだけでなく場面や状況に応じてスムーズなコミュニケーションを演出できることを学びました。TPOをわきまえた適切な通訳は当事者間の理解を深め、それはチームの目標に一歩近づくことにも繋がります。その時々で通訳者の役回りが何か瞬時に判断することも “良い通訳” の大事な要素と言えるでしょう。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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