COLUMN
#53:緊張を味方にする思考法(前編)

1月上旬、読売巨人軍の指導者が中米ニカラグアで指導者講習を実施するのに伴い通訳として同行する機会がありました。日本にいる外国人を相手に通訳するのとは反対に、現地で日本人の通訳をしたわけですが、普段とは違った通訳条件下では難易度が大きく上がることを身に締めて実感し緊張を強いられる場面も実際多々ありました。慣れない環境でパフォーマンスを発揮するのは容易ではなく、反省点も多く残ったのは否めませんが、そのなかでどのような考え方で臨んだのか、について書きたいと思います。
◻️普段の100倍緊張、現地メディアを前に通訳
日本で外国人選手を通訳するときも日本語とスペイン語の双方向で実施しますが、日本国内と国外での通訳の大きな違いは聞き手の人数です。日本では、会見やヒーローインタビュー、記者質問など多数の聴衆を相手に通訳する必要があるときは基本的にスペイン語を日本語に訳すことがほとんどで、この場合よりフォーマルな言葉遣いが求められます。言い換えると、ミスが許されない雰囲気のなかで通訳しなければなりません。その点、(私にとって)母国語の日本語のほうが語彙力や表現力はスペイン語よりも当然勝るので、そこまで意識しなくとも自然と場に応じた語彙を用いて話すことができます。しかし、今回訪問したニカラグアはその逆。30〜50人の現地の人々を前に、或いは現地のメディアの取材や複数のTVカメラを前に会見の場でスペイン語で話すことが求められました。選手一人に通訳するのであれば多少の文法ミスや表現に欠けることがあっても意図がしっかりと伝われば問題ありませんが、公式の場ではそうはいきません。シーズン中のヒーローインタビューなどでも緊張することはほとんどありませんが、今回は慣れない環境で心臓がバクバクすることが正直何度もありました。
◻️緊張はハイパフォーマンスのサイン?
過去のコラムでも触れたように、昨年からメンタルトレーニングについて勉強をしています。これはもともと選手のメンタルサポートを目的にはじめましたが、ストレスがかかる場面で業務を遂行するという点においてあらゆる場面で有効であることがわかりました。なぜなら、プレーにせよ通訳にせよ、プロとしてパフォーマンスを発揮するという点は変わらないからです。その意味で、まず前提として知っておきたいことは「緊張することは悪いことでない」ということ。もっと言うと、ハイパフォーマンスを発揮できるように自身の体(脳)が緊張状態を敢えて作り出し、自分自身を手助けしようとしてくれている状態なんですね。というのも、この何十年で科学の発展に伴って私たち人間の生活が劇的に変化している一方で、私たちの脳は狩猟をして暮らしていた時代とほとんど変わっていないと言われています。つまり、獣や自然災害の脅威が目の前に迫ってきたときには、心拍数を上昇させて体温を上げ、即座に戦ったり逃げたりすることが求められていました。その反応こそが緊張という状態で、時代が進み命に関わる脅威が減ったとしても、プレッシャーがかかるような環境に身を置いたときに脳が脅威と判断し、生存能力を高める目的で緊張を引き起こしているのだそうです。そう考えると、緊張は「敵」ではなく、むしろ「味方」ということがわかります。
ニカラグア訪問中に緊張を感じたときは、意識的に心拍数の上昇を感じとり、「自分の体は助けようとしてくれているんだ」と考えるようにしました。事実これだけで少し気分は楽になり、冷静に通訳に入ることができました。次回も引き続き緊張下でのパフォーマンス発揮のために実施したことを具体例とともに紹介したいと思います。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。