コラム

COLUMN

前田悠也

第49回:「プリーズ」と「サンキュー」の重要性

通訳をしているとよく、「英語に敬語は存在するのか」という質問を受けます。たしかに、尊敬語や謙譲語など、多様な表現を用いる日本語に比べ、日常会話で命令形が多く使われる英語は、聞く人によっては、よりフランクに聞こえるかもしれません。しかし結論から言うと、日本語ほど厳格ではないものの、英語にも確実に、相手を思いやる丁寧な表現が存在しています。その代表例が“please”と“thank you”です。選手と通訳は互いに歩み寄り、良好な関係を築こうとしますが、ここで忘れてはいけないことが、「親しき中にも礼儀あり」ということです。今回は、相手に敬意を表しつつ通訳ができるよう、私が日ごろから心がけていることについてお話しします。

洋の東西を問わず、同じ内容を相手に伝える場合でも、その伝え方ひとつで相手がこちらに抱く印象も大きく異なってきます。「~してください」とお願いされるのと、「~しろ」と命じられるのでは、天と地ほどの差があります。特に私たち通訳の場合、相手の人種、国籍、年齢に関係なく、プロ野球選手という特殊な能力を持つ人たちと仕事をしています。いわば選手あっての通訳です。もちろん選手側も通訳の助けを必要としていますが、外国人選手の存在があって初めて、私たちが仕事をもらえる事実は変わりません。

選手に何かを依頼するとき、たとえば集合時間の厳守を求める際、“Don’t be late”(遅れるな)と言うのと、“Please be on time”(時間を守るようお願い)と言うのでは、相手の反応も異なります。両方とも同じ意味ですが、伝わり方が大きく違います。前者は高圧的に受け取ることもできる一方、後者はあくまでお願いする姿勢を貫いています。私は極力、命令形や否定形(dos & don’ts)を使わないで、“ask”するスタンスで選手とコミュニケーションを取るようにしています。ここで威力を発揮するのが、相手を思いやるもっとも基本的な表現である、“please”と“thank you”です。「お願い」、「ありがとう」、「よろしく」、など、状況によってさまざまな対訳があてがわれますが、両者とも相手にリスペクトを示すために付け足す言葉です。

これらの「言葉のクッション」を欠くと、えらそうに聞こえるばかりでなく、チームスタッフである通訳から“boss around”されている(顎で使われている)ように感じて、気分を害したり、こちらの魂胆を訝ったりする選手もいるかもしれません。私は常に、「選手の味方」であることを是として業務に取り組んでいます。したがって、“please”や、“I was wondering if you could…”、“I hate to ask you this, but…”など、可能な限り柔らかい表現を選んで選手と話すように心がけています。

前田悠也

前田悠也

東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳

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