COLUMN
第50回:「君」と「俺たち」の違い

前回のコラムでは、丁寧な表現を用いて訳す重要性についてお話ししました。そしてもうひとつ、選手との距離を縮めるために頻繁に使う言葉があります。こちらも、前回のコラムで述べた“please”や“thank you”と並んで初歩的な表現です。それが“we”(俺たち)です。以下に例文を挙げます。
“You need to be there by 8 am”.
“We need to be there by 8 am”.
前者は「君は午前8時までにそこにいなければならない」、後者は「俺たちは午前8時までにそこにいなければならない」という文章です。みなさんもお気づきのように、主語(subject)を“You”(あなた)から“We”(わたしたち)に変えただけで、後は同じ内容です。
しかしこの小さな違いが、ときには選手と通訳の信頼関係に影響を及ぼします。
“You”という言葉を使うと、通訳が「球団の意向に沿って」選手に依頼をしているとも解釈できるため、ときには押しつけがましく聞こえてしまいます。
しかし、ここで“We”という表現を用いると、「俺たち(選手と通訳)は、午前8時までにそこにいなければならない」という意味に置き換わり、より「そばで寄り添う」印象が生まれます。
監督やコーチから何かを指摘される場合も同様です。全力でプレーしている選手は、ときには守備でエラーをしたり、走塁でミスを犯したりすることもあります。そこで、首脳陣から通訳に、「〇〇選手に〇〇と伝えてほしい」と頼まれることもあります。ここでも、先ほどの「俺たち」という表現を用います。
“※Skip wanted me to tell you…”
“Skip told us…”
前者は「監督が君に…」、後者は「監督が俺たちに…」という文章です。同じ内容を伝えるにしても、「君に…」だとあくまで中立を貫いているのに対し、「俺たちに…」だと「一緒に叱られる」姿勢がより鮮明になります。
このように、いいときも悪いときも、そばで支える姿勢を選手に理解してもらうために効果的なのが、“we”という表現を積極的に使うことです。
※“Skip”は“skipper”の略で、直訳すると「船長」や「主将」という意味ですが、野球界では「監督」を意味します。もちろん、“the manager”という表現も使いますが、こちらはより改まった呼称で、特に公の場で用いる傾向にあります。
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前田悠也
東京都出身。中学から米国に留学。現在、巨人軍英語通訳