COLUMN
#54:緊張を味方にする思考法(後編)

前回コラムでは、緊張はこれから起こりうる状況(脅威)を前に、生き延びる(ハイパフォーマンスを発揮する)ために体が起こす自然な反応であることに触れました。スポーツの現場では「適度な緊張は必要」という言葉をよく耳にすることからも、トップアスリートの人たちは緊張状態がベストプレーのためには欠かせないことを感覚的にも知っているのだと思います。一方で「適度」な緊張が「極度」に至ってしまうと、スポーツに限らずパフォーマンスの足枷になってしまうことは、多くの方が経験したことがあるのではないでしょうか。思考が止まってしまったり、体が固まってしまったり、思うような結果が出せず失敗した経験は私も何度もありました。
◼️緊張時に体で起きていること
緊張しているときに表れる症状は多少個人差はあるかもしれませんが、体の反応として共通して起きていることがいくつかあります。呼吸が浅くなる、心拍数が上がる、血圧が上がる、体(筋肉)が固くなる、などがそれで、どれも上述した自己防衛反応の結果として表れ、これが行き過ぎると極度な緊張に陥ってしまうわけです。ある人は手が震えたり、別の人は頭が真っ白になったり。これらの症状はベストなパフォーマンスを発揮するために決して好ましくない状態と言えます。しかし何が起きているかを頭で理解することは、その対処法を知る大きなヒントになります。なぜなら、好ましくない「状態」に意識的にアプローチすることで緊張を解すことができるからです。
◼️緊張したときになぜ深呼吸がいいのか?
実際、前回コラムの冒頭で述べたように、よりフォーマルなスペイン語を話すことが求めらるニカラグアのメディアを前に通訳をした時は、会見の前から緊張しはじめ、心拍数が速まり呼吸が浅くなっていく体の変化を感じ取りました。このとき、「自分の体が自分を助けてくれようとしている」と心の中でつぶやくとともに、意識的に深呼吸を繰り返しました。心臓がバクバクするほど心拍数が上がっていることがわかっていたため、呼吸を深くすることで過度に速まった鼓動を落ち着かせ、強張った体を解すことを意識しました。これは、緊張状態にある体に外的アプローチをすることでまず体の物理的な緊張状態を緩和し、結果的に内的(心理的)な緊張を解すことが目的です。体の緊張が解けると、頭(心)も整理され、目の前の業務(パフォーマンス)に集中することができることを、メンタルの勉強を通じて知っていたことが生きました。
■思考を“今”にフォーカスする
緊張してしまう理由の一つに、これからやるべきことの結果に対する不安があげられます。「失敗をしてしまったらどうしよう」、「思うような結果が出なかったら怒られてしまう」などなど。ただ、実はいずれもまだ実際に起こっていないことで、言ってみれば脳が「勝手」に未来を想像している状態です。「失敗を恐れるな」とはよく言いますが、そもそも失敗をするかどうかは未来になってみないとわかりませんし、成功する可能性も大いにあります。反対に、成功を確信して気が緩みすぎるのも「適度な緊張」から遠ざかってしまい望ましくありません。失敗したらその時に反省する、成功したらその時に喜ぶと割り切り、思考を「今」にフォーカスすることも、極度な緊張を回避するために有効な考え方で、ニカラグアでの通訳のときは、常にその時々にベストな通訳をすることを意識していました。
アスリートでも一般の人でも緊張は誰もがするもので、緊張すること自体は悪いことではなく、自然な体の反応です。あるトップアスリートが「メンタルは強さではなく、技術だ」と話していました。大事なのは緊張しているときの自分の体や心の状態を理解し、それに応じた対処ができることと言えそうです。注目が集まるメディア、或いは何万人ものファンの人たちの前で通訳することが求められるスポーツ通訳にとって緊張下でいかにパフォーマンスを発揮できるどうかは避けては通れないテーマです。今回のニカラグアでの通訳経験は、緊張しないことを目指すのではなく、緊張したときに何ができるかという思考の転換が実践でも有効なことを実感する機会となりました。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。