COLUMN
#56:メディア対応(後編)

メディアの対応は日本人選手でも外国人選手でも好き嫌いは人それぞれで、メディアを前に友好的な選手もいれば避けたがる選手もいます。ある記者の方は「あまり質問に答えてくれない選手は読者(ファン)にその選手がどんな人柄なのか発信することができない。自分たちも決して悪く書こうとは思っていないのだけれど…」と漏らすのを聞いたことがありました。選手の気持ちに寄り添うというのは通訳者として大事なのは間違いありませんが、しかしプロ野球という注目が集まるスポーツをしている以上、ファンの方に支持してもらうためにはメディアへの対応も疎かにできないのも事実です。ここが、まさに通訳者の調整力の見せ所でもあったりします。
◼️選手の空気を察する
初出場や初勝利などの節目の試合、選手が活躍したときやそうでなかったときなど、質問されることが予想されるときに選手の機嫌を察しておきます。活躍した試合で上機嫌な様子が見て取れるときは質問が多くても気にせず答える場合が多いので、通訳者としても選手が質問を受け続ける限り通訳をし続けます。反対に、気分が乗っていなかったり質問に答えたくない様子が伺えた場合はいくつかの質問を受けた後に、通訳者が記者陣に「この辺りで終わってもいいですか?」と遮って選手に代わって切り上げることもときにはあったりします。その際は、「今日はこの後の予定があるのですみません」など通訳者が一言頭を下げて、選手のイメージが悪くならないように配慮も忘れません。
◼️通訳者のもっともつらい仕事は…
選手が活躍したときのインタビューは選手も気分が良く舌も滑らかになりますし、通訳者にとっても自分の訳が選手の言葉としてニュース紙面に掲載されるのを読むのはやりがいの一つです。しかし、選手が活躍できず、時には敗戦の要因となってしまったときに質問に答えなければならない(通訳しなければならない)ときは、スポーツ通訳をしていてもっともつらいときであるのも確かです。
敗戦後に打ちひしがれている選手とともにロッカールームを出て帰宅へ向かうときに記者の人たちの横を通りながら、心の中では「呼び止めないでほしい(質問しないでほしい)」と思ってしまうのも事実。ただ、そうしたときに通訳者も顔を伏せて通り過ぎてしまうのは記者の方達にも失礼ですし、選手のイメージにもマイナスとなってしまいます。そういうとき私はロッカールームを出る前に、「今日は質問されると思うけど、もしどうしても答えくないときは事前に断るよ」と選手に聞くようにしています。「答えたくない」というときは、球団広報部にことわりを入れた上で、記者の人たちには前もって「今日はすみません。質問は回避させてください」と選手に代わって伝えます。こちら側が誠実な対応を怠らなければメディア側も選手の心情に理解を示してくれるようになります。
◼️プロとしての対応
過去に担当していた選手が敗戦の責任を負うかたちで試合終了となったことがありました。このとき、選手に質問の回答ができそうかどうか尋ねると「答える」と言ってくれました。私自身も敗戦の悔しさを噛み締めていましたが、一番つらいはずの選手本人が真摯にメディアに向き合おうとする姿勢に自分もプロとして通訳の責務を果たそうと一層気持ちが入りました。
そして、ロッカーを出ると予想したとおり10人近くに記者の方に囲まれました。そこで最初に口を開いた記者の方が「ええ、今日は、あの、ああいう結果になってしまいましたが—、」と、非常に歯切れ悪いかたちで選手にコメントを求めました。これを聞いて、選手に通訳をする前に「具体的に何を聞きたいのですか?」と聞き返しました。おそらく記者の方も選手に気を遣って言葉を選んでいたと思うのですが、しかし、選手がもっとも苦しいときにプロとして真摯に回答しようとしているのに対し、メディアにもプロらしく質問をしてほしい、そしてそれを正確に通訳するのが自分の役目、と考えたからです。
そのあと質問を終えて選手がバスに乗った後に、その記者の方のところへ行き、大勢の前で聞き返してしまった非礼を詫びた上で、その意図も説明しました。
注目が集まる中で通訳することが求められるメディア対応は、スポーツ通訳者にとって華のある業務の一つであることは間違いありません。しかし、その対応を一歩誤れば、選手の負担を増やし、イメージに影響を及ぼしてしまう可能性もあります。ファンがあってこそのプロスポーツである以上、メディア対応を疎かにすることはできません。その一方で、矢面に立つ選手を守ることもまた、通訳者に課された大切な責務です。
メディアと選手、その双方に誠実に向き合いながら最適な距離感を探る「調整力」も、スポーツ通訳者に求められると現場に立つたびに実感しています。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。