コラム

COLUMN

加藤直樹

#59:試合中のベンチでの役割(前編)

テレビで映るベンチの通訳者は、ただ立っているだけに見えるかもしれません。
しかし実際には、試合の流れや選手の状態を読みながら、次に起こり得る状況を想定し、瞬時に対応する準備をしています。先日キャンプインし球春の到来を感じたと思えば、あっという間に2026年シーズンが開幕しました。キャンプやオープン戦とは異なり、シーズンに入ると毎試合が独特の緊張感に包まれます。試合中のベンチ内の空気はなおさらで、プレーをしていない自分(通訳者)であっても、試合の進捗や担当する外国人選手の状況によっては、試合の前後で体重が1キロほど減ってしまうこともあります。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それだけエネルギーを消費することも珍しくありません。本コラムでは、そんな試合中の通訳者の役割についてお伝えします。

◼️試合中のベンチで通訳者がしていること(考えていること)

ここ数年は先発・中継ぎを含め外国人投手を担当する機会が多く、経験としても投手のケースが中心になります。そのため今回は投手にフォーカスして書いていきます。今後、打者を担当する機会が増えれば、改めてその違いについても触れたいと思います。

メモを取る

担当投手がマウンドに上がっているときは、一球ごとに球場スクリーンに表示される球速、球種、結果(ストライク/ボール/ファウル/空振り/見逃し/安打/凡打)を記録し、球数も把握しておきます。これは、ベンチに戻ってきた際に投手から球速や球数について質問されることがあるためで、その日の状態を客観的に把握する一つの指標になります。試合後であれば公式データで確認できますが、試合中は電子機器の使用が禁止されているため、メモ帳とペンで記録しておく必要があります。ただし、選手によっては数字を見たくない、あるいは気にしないタイプもいるため、メモを取るかどうかはその選手の性格に応じて判断しています。

タイムやアクシデント時に備える

投手がピンチを迎えたり、投球動作に違和感が見られたりするとタイムがかかり、投手コーチがマウンドへ向かいます。その際、外国人投手であれば通訳者もすぐに同行する必要があります。しかし、少しでも反応が遅れると、限られた時間の中で十分なコミュニケーションが取れなくなってしまいます。そのため、常に状況を観察しながら、「次の打者が出塁すればタイムがかかるかもしれない」、「少し疲労が見えてきている。状態確認に行く可能性がある」といったように、先の展開を予測しておきます。投手コーチの動きにも目を配りながら、いつでもすぐにベンチを飛び出せる準備をしておくことが求められます。

選手の応援

一見当たり前のことのように思えるかもしれませんが、言語の違いもあり、フィールド上やベンチからの声は、日本人選手同士に比べると外国人選手に対しては少なくなりがちです。もちろん、集中を妨げないよう配慮している側面もあるため、一概にどちらが良いとは言えませんし、通訳者によってスタンスも異なります。

その中で私は、特にピンチの場面では積極的に声をかけるようにしています。「一人じゃないよ」というメッセージを伝えるためです。大歓声の中で実際に届いているかは分かりません。あくまでわたしの通訳者としてのスタンスです。

選手にかける言葉の選定

投手がベンチに戻ってきたとき、どのような言葉をかけるかは常に意識しています。ピンチを切り抜けた直後であれば、その流れを維持するような声かけを。失点してしまったときには、無理に言葉をかけるべきか、それともそっとしておくべきか。選手の表情や仕草から状態を読み取り、その都度判断します。また、複数イニングを投げる必要がある場合には、終わったイニングではなく、次のイニングに意識を向けさせることも重要です。何を言うか以上に、「いつ」「どう言うか」が問われる場面でもあります。

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最近はメンタルトレーニングを学び始めたこともあり、この「選手にかける言葉」の重要性をより強く感じています。特に外国人選手は、言語の壁によってベンチ内で孤立しやすい環境にあります。だからこそ、試合中の通訳者の役割は単なる言語の変換にとどまりません。試合中の通訳者は、言葉を訳す存在というよりも、状況を読み取り選手を支える存在であると感じています。

次回は、試合中の選手への具体的な接し方について、実際のエピソードを交えながら紹介したいと思います。

加藤直樹

加藤直樹

福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。

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