COLUMN
#61:マウンドでの通訳

通訳としての仕事の中で、緊張するときはどんなときですか?と聞かれることがあります。多くの方はヒーローインタビューのように大観衆の前で通訳するときを想像されるかもしれません。実際に、現役の通訳者の中にも大勢の注目が集まるシーンでの通訳が一番緊張すると感じられる方は多いでしょう。ただ、個人的には自分の母国語の日本語で話せる通訳の場面はさほど緊張はしません。もちろん難易度が高い業務であるのは間違いありませんし、緊張を味方にする思考法のコラムでも書いたように、スペイン語が母国語の海外の公の場でスペイン語を話さなければいけないシチュエーションはそうとは限りませんが。では、どんな場面が一番緊張する、或いはプレッシャーを感じるかと言うと、投手担当時の試合中にタイムが取られてマウンドへ向かう場面がそれに当たります。
◼️そもそも緊迫感ある状況
タイムが取られる時は安打を立て続けに打たれてしまったり、四球を出したりしてしまい走者を溜めて逆転のピンチを迎えている、といった場面がよくあります。投手自身はもちろん、チームも通訳者も間近で戦況を見ているため、球場やベンチの雰囲気そのものが緊迫感に包まれます。しかしながら通訳者も試合の流れに飲まれて一緒に落ち込んでしまうと、タイムが取られたことに気づかず、監督・コーチがマウンドへ向かう際に出遅れてしまうことがあるため、緊張感を保ちつつ冷静に首脳陣の動きも観察しておかなければなりません。これは後述の時間制限にも大きく影響します。
◼️“30秒” の時間制限
野球協約によると、監督又はコーチがベンチを出たところから時間はカウントされます。マウンドに向かうのにかかる時間はおよそ3秒〜5秒程度とすると、実際に選手と会話できるのは25秒ほど。しかも、これは外国人選手だからといって通訳する時間が考慮され長くなるわけではないので、コーチ→通訳→選手もしくは選手→通訳→コーチと逐一通訳を挟むと実際には10秒〜15秒しかありません。もしタイムが取られたことを見逃しコーチが先にマウンドに行ってしまい後から通訳者が追いかけるかたちになってしまうと、それだけで数秒失ってしまうことになります。極め付けは、制限時間の30秒近くなると、マウンドから散るように指示を出すために審判員が近づいてきてさらにプレッシャーをかけられます。
緊迫した状況の中、通訳者には数秒で即時性と正確性のある通訳が求められます。しかも、そのやり取りがチームの勝敗を左右する可能性もある。これが、通訳者目線での「マウンドでの通訳」です。
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劣勢になればなるほど冷静に観察することは意外にとても難しく、担当選手がピンチに陥ると一緒に雰囲気に飲まれてしまうことは実は私も結構あります。先日も、担当選手が四球を出したときに、一瞬「ストライクに見えたけどな〜!悔しい!」と頭の中で思っていた矢先にコーチがベンチを出ており、慌てて追いかけた、ということがありました。そのときはマウンドでのやり取りも短く、その後は選手がしっかり抑えてくれたため、勝敗に影響することはなかったのが幸いでした。しかし、通訳者としては反省の残る試合ともなりました。冷静さを保ちながら、「どのタイミングでタイムが取られそうか」を先読みしつつ戦況を観察することの重要性を改めて感じました。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。