COLUMN
#68:意訳(前編):「うるせぇ」をどう訳す?

先日、今年から渡米してMLBで活躍している元ヤクルトスワローズの村上宗則選手と同選手の通訳八木氏について、同じスポーツ通訳者としてとてもおもしろい記事を読みました。ひと言で言うと、オールスターに選ばれた村上選手が現地記者の質問に回答した際に、八木通訳がうまく“意訳” していたと称賛されたというもの。普段メディアでは通訳者の言葉が選手の言葉として流されますが、通訳者がどのように訳したのか?に焦点が当たることはほとんどありません。が、実際は珍しいことではなく、更に言えば通訳者が違えば訳として掲載(又は放送)される選手のコメントは全く変わってくるほど通訳者の考えや判断が強く反映されるのが意訳。今回は村上選手の記事をふまえて、私の意訳に関する考えや、実際の経験について書きたいと思います。
■下馬評に関する質問:「うるせぇー」→「力を証明するだけ」
米国記者から所属するチームの下馬評について聞かれた村上選手は「(そういう声は)うるせぇと思ってる」と痛快な回答をしますが、八木通訳は「格下だとは思っていない。力を証明するだけ」と英語に訳しました。記事の中でも称賛されていますが、実際に選手の口から出た言葉ではあるものの、日本語でも英語でも、公共の場では適した言葉ではないと判断したのだと思いますし、もっと言えば「うるせぇ」と直訳した場合に不要な批判が殺到する可能性を一瞬で読み取り、炎上を回避したかったという意図が汲み取れます。おそらく、一時的に雇われた通訳者の場合、選手の普段の考え方や言葉遣いまで十分に把握する時間がないため、このような判断を瞬時にすることは、より難しくなるかもしれません。この点で言うと、普段から一緒に行動する通訳者だからこそできた意訳だと言えるでしょう。
■意訳とは?
Google辞書によると、意訳とは「原文の語句の一つ一つにこだわらず、全体の意味に重点をおいて訳すこと。その訳。」とあります。今回の村上選手と八木通訳に当てはめると、八木通訳が村上選手の「うるせぇ」を、日々近くでサポートしているからこそ共有・感じ取れている村上選手の思いとして受け止め「力を証明するだけ」として、一言一句の訳とは違うかたちで “意訳” で表現しました。これらをふまえると、スポーツ通訳者の観点からすると、上述の意訳の定義に「選手と公共(メディアやファン)の関係性や影響を考慮しながら選手の発言や考えを全体の意をとらえて適切に訳す」と付け加えてもいいのかもしれません。
■意訳でも選手の意図は消してはいけない
冒頭で書いたように、意訳をするときは私もよくあります。ただ、そのなかで今回もし自分が八木通訳の立場だったらと考えてみました。そこで、まず一番大事にしたいのは村上選手の思いや意図は伝えなきゃいけないということ。つまり、「うるせぇ」というちょっと過激な表現には「気にしていない」、「何を言われても関係ない、」「力を見せてやる」という思いがあったのだと汲み取ることができたとします。
八木通訳は「力を証明するだけ」という表現を選択しましたが、自分だったら「周りの言う事は雑音(ノイズ)でしかないので全く気にしていません」と訳したのかなぁと思います。さすがに「うるせぇ」とは私も訳すことは避けたと思いますが、村上選手の「イライラ感」も伝えたいなぁと考えたりしました。
いずれにしても正解はひとつではなく通訳者によって表現方法は変わるものですが、最も大事なのは選手の意図を伝えることができたかどうかだと思います。

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村上選手と八木通訳の記事は、スポーツ通訳者が単なる言葉の変換だけでなく、選手の人柄や思い、或いは周囲との関係性までふまえて通訳をしていることを伝えている稀ではあるけれどもスポーツ通訳者の重要な側面を書いていると思います。興味がある方はネットで探してみてください。
次回は私自身の現場での実際の経験、意訳したケースやその理由について紹介したいと思います。
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加藤直樹
福島県出身。スポーツメーカー勤務後、独立行政法人国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員として活動。その後、ジャイアンツアカデミーコーチを経て現在、巨人軍スペイン語通訳。